TROUBLEMAKER 31 - 32 31 早朝会議 後悔しても、しきれないというのは、こういう状況を言うのだろう。 朝早く(午前四時半)にやってきた菊名は玄関で継生と対面するや否や、言った。 「継生さん、話は聞いた」 「……話?」 継生は背筋に冷たいものを感じた。これはデジャヴ……ではない! ぞーっと全身が総毛立った。 「ちょっと待て。まさか話ってのは」 「まさかもとさかもない。やはり、あんたは梢ちゃんに懸想していたんだな」 「……」 継生は叫びだしたい衝動を必死で堪えた。 なぜ、どうして、こんなことに。そんな言葉が頭の中で渦巻く。 強張る声で、継生は菊名に聞いた。 「相原から聞いたのか」 「うむ、そうだ」 重々しく頷く菊名を前にして、継生は恥ずかしいやら、腹立たしいやらで、どういう顔をしていいか分からず、とりあえず笑顔を試みてみたのだが、おそらく妙な顔をしていたのは間違いなかった。 (もう、いっそ消えてしまいたい) 絶望という名の風が継生の心の中を一瞬吹き抜けたが、それはすぐに怒りに変わった。 頭の螺子が五六本飛んでいるような相原にばれてしまった以上、こうなるのも当然ではあった。しかし、だからといって許せるか。 「……あの野郎! 殺す!」 「継生さん、落ち着け」 菊名は、はっしと継生の腕を掴んだ。そうなると、何せ力の強い彼のこと、もう動けない。 「こら、離せ!」 「いいや、離さん。こんな朝早くに暴れられたのでは、迷惑だからな。相原を殴るのなら、明るいうちにしてくれ」 彼に言わせれば、昼間なら殴ってもいいらしい。 菊名のどこか的の外れた意見に、不思議と継生の頭は冷えた。相原如きにこうも熱くなっているのが馬鹿らしく思えた。 「わかった。暴れるのはやめておこう」 「それがいい」 菊名はしたり顔で言うと、掴んでいた腕を離して靴を脱いだ。 「とにかく、ここじゃ落ち着かん。中へ行って話し合おう」 「話し合うだと……」 継生を、とてつもなく嫌な予感が襲った。 「一体何を話し合うって言うんだよ」 「そりゃーもちろん、先生の今後の身の振り方についてですよ」 突然ひょいと、廊下の暗がりから相原が姿を現した。今の継生には地獄から這い出た悪魔のように見える。と、同時に先ほど薄れた怒りが再び戻ってきた。 「お前、なんでこいつに話すんだよ!」 「だって、口止めされなかったし〜」 相原は今にも口笛を吹きそうな、暢気な風情を漂わせている。 「先生の想い人を、僕が知ってるのに、菊名さんが知らないってのも変じゃないですか」 「別に変じゃないっ!」 「菊名さんと先生の付き合いは、僕なんかよりずっと古いんだから、やっぱり変ですよ」 「そんなことに気を遣うな、馬鹿……!」 なじりながら、継生は段々泣きたくなってきた。人間、疲労がたまると涙もろくなるものである。 「泣かないでくださいよ」 相原は真面目な顔をした。 「僕のあまりの気配りに感動して」 「ざけんな!」 と、とうとう継生が相原に掴みかかろうとしたとき、遠くで、がらりと戸が開く音がした。床板が小さく軋む音がその後に続く。継生は、素早く手を引っ込めた。音の主が誰だか分かったからだ。 こんな状況の時に起きてくるなんて。継生は本気でこの場から逃げ出したくなった。 「なにやってんの」 寝起き特有のおぼつかない足取りで、こちらへ歩いてきた梢は、非常に不機嫌そうな顔をしていた。 「こんな時間に騒がないでよ……まだ暗いのに」 「あ、悪い。うるさかった?」 謝りながら、どうして俺が、と継生は思わずにはいられなかった。 「すごいうるさかった……」 ふあ、と欠伸をして、梢は寝ぼけ眼をこすっている。 可愛いな、と思ったそばから横顔に視線を感じた。恐る恐る窺うと、案の定、相原と菊名が何か言いたげな顔をして、継生を見ていた。 「なんだよ……」 「別になんでもないが」 「なら人の顔をじろじろ見てんじゃねえ!」 梢はうんざりしたようにため息をついた。 「だから、大声出さないでよ」 「ご、ごめん」 再度謝ると、相原が肩を竦めた。 「本当に先生ったら、お騒がせ屋さん」 「てめぇ、誰のせいだと思ってるんだ!」 梢の目が険しくなった。 「継生ちゃん」 「だって、こいつが〜」 また俺が謝るのかよ、とうんざりしつつ継生は相原を指差したが、 「僕がなんだって言うんです? 僕が先生の一体どんな秘密を握ってるって言うんですか?」 「わ、馬鹿!」 「秘密ってなに?」 不思議そうな顔をする梢に、今まで黙っていた菊名が口を開いた。 「それが実はな、継生さんは梢ちゃんのことが」 「なんでもない、なんでもない! 別に梢が気にするようなことじゃないんだよ」 慌てて横から口を出すと、梢は少し拗ねたように面を伏せた。 「私にも言えないような秘密なんだ」 (そんな寂しそうな顔をするな〜!) 継生はうろたえた。 「いやいや違うぞ、それは。本当に大したことがないから、言わないだけで」 「でも、大したことがないなら、言ってもよさそうなもんですよね」 「この野郎……」 本当に相原ときたら、余計なことしか言わない。 「別にいいけど。継生ちゃんが、どんな秘密を隠してようが、私には関係ないし……」 そう言う梢の表情に、不意に孤独な影が過ぎったのを見たとき、継生の意識から、梢以外の一切が消え失せた。 相原や菊名の存在も忘れ、いつの間にか彼は彼女と二人きりで、舞台の上に立っていた。 「関係ないなんて言うな」 「……」 「確かに俺は今、お前には明かせない秘密を抱えている。言えるものなら、言っちまいたいくらいだが、今はまだその時期じゃない」 「その時期って、一体いつなのよ」 「まだ分からない。でも、いつか必ず、お前に打ち明けられるはずだ」 「ふーん」 見上げてくる梢の瞳が赤くなっているのは、込み上げる涙のせいか、それとも単に寝起きだからか。 いや、そんなことはどちらでも良かった。 「だから、それまで俺のことを待っていてほしい」 「はあ」 と、梢がぽかんと口を開けたところで、脇役が戻ってきて、二人のための舞台は消えた。 「くっさ……」 相原が呆れたように呟くのを聞いて、継生は全身の血がサーッと引いていくのを感じた。 まずい。完全に自分の世界に入ってしまった。 「継生さん、今の言葉は」 「梢、以上で話は終わりだ。さっさと寝なさい!」 何かを言い掛けた菊名の声を遮るように、継生は声を張り上げた。 「言われなくても、寝ますよ」 梢は壁に凭れ掛かると、また欠伸を噛み殺した。 「もう、うるさくしないでね」 「わかってる」 そのとき、いつの間にか傍に来ていた相原が、やにわに継生を梢のいる方へ突き飛ばした。 「わっ……!」 しかし、体がよろめいた次の瞬間、継生の脳は恐るべき回転の速さを見せた。 これは、自分と梢をあわよくば、巷間の漫画によくある「本人の意思とは関係なく、衝突しちゃってあぶなくキスするところだった、はードキドキ」という状況に持ち込もうという相原の策謀だということに、彼は気がついたのであった。 (これ以上、こいつの好きにさせてたまるか!) コンマ数秒の間にこれだけの思考を巡らせた継生は、梢にぶつかる寸前で無理やり体を捻り何とか避けることができたが、その結果壁に激突し、顔を強打した。ゴンという音が、継生の耳にはっきり届いた。 目の前に確かに星が散った。 (お、俺の唯一の長所である顔が) 継生は咄嗟に鼻を押さえたが、どうやら血が出ている様子はない。そして前にも似たような出来事があったのは気のせいではありません。 「な、なにやってんの、継生ちゃん」 今の彼の行動が余程理解しがたかったのか、梢の声は強張っている。 継生は無理やり笑みを浮かべた。 「いや、なんでもないんだ」 「惜しかったな」 相原が小声で呟いたのが聞こえたが、とりあえず今は無視した。ここで相手にすると、また余計なことを言い出しかねない。 怒りを堪えて、継生が頬を引き攣らせていると、梢は心配そうに彼を見上げた。 「ぶつけたところ、痛くない?」 「当然痛いよ」 「じゃあ冷やした方がいいよね。タオル持って来る」 「いや、それくらい俺が」 と、継生が止める間もなく、梢は駆け足で洗面所へ行ってしまった。 (優しいなァ) なんて、ぼんやりできたのも束の間、継生は自分以外の人間の存在を思い出した。できれば思い出したくなかったが。 「相原、どうしてお前は、こう余計なことばかりするんだ」 「梢ちゃんって、なんだかんだ言って、先生に優しいんだよなぁ」 相原は継生の言葉を完全に無視した。 「でも、それって家族に対する愛情ですよね」 「継生さん、あんたはそれで満足なのか?」 「……」 難しい顔でこちらを見据えてくる菊名を前にして、継生も思わず真剣になった。 「確かに、それは俺が本当に望んでいるものとは違うかもしれない。しかし、だからといって、これ以上何ができるって言うんだ」 継生は菊名に言ったつもりだったのに、返事をしたのは相原だった。 「だーかーら、口説き落とせばいいじゃない」 「そんなこと、できねえっつってんだろ!」 「また、これだよ。そんな風に諦めちゃって、あとで泣いても知りませんよ、僕は」 「しかし、継生さんが躊躇するのも当然ではある」 ようやく菊名が喋った。 「そうだろう」 「梢ちゃんにとっては、継生さんは今のところ兄貴に過ぎない。それなのに、いきなり男の本能を剥きだしにして、襲い掛かったりしたら……」 「だいぶ語弊のある言い方だな、それは」 「まあとにかく、梢ちゃんは驚くだろうな」 「でも、彼女がトンビに攫われるのを、黙って見過ごす手はないでしょう」 と言い募る相原を見て、継生は今まで疑問に思っていたことを聞いてみることにした。 「お前さ、なんでそこまで、俺と梢のことに入れ込むわけ」 「そりゃ、面白いからに決まってるじゃないですか」 彼は間髪を入れずに答えた。それに対して、菊名も「確かに」と頷くと、やおら滔々と語りだした。 「兄と妹として過ごしてきたけれど、本当は血の繋がらない二人! そしていつしか芽生える淡い恋心……やがてそれは紅蓮の炎の如く激しく燃え上がり、激情に突き動かされるままに愛を深めた二人はやがて破滅の道へと踏み込んで行くのであった」 「勝手に破滅させるんじゃねえ」 継生は呆れ果てた。 「要するに、お前らは俺と梢の関係を見世物か何かだと思ってるわけだな」 しかし、菊名は「そんなことはない!」と、拳を固く握った。 「俺は後輩として、敬愛する先輩である継生さんの恋路を助けてやりたいだけだ」 「菊名……」 高校時代に漫研で知り合って以来、長い付き合いになる彼を、継生は正面から見つめた。 性格は全く違うが、何故か仲良くなり、あんまりしょっちゅう一緒に居たせいで、あいつらホモじゃねえか、と噂されたりしたこともあったが、彼を友人に選んだ自分は間違っていなかったと、継生は改めて思った。が、 「嘘ばっかり! どうせ漫画のネタにしようと思ってるくせに」 という相原の言葉に、「ばれたか」と笑う菊名を見て、俺の目は全く当てにならねぇな、と思い直す羽目になった。 「もういい加減にしてくれよ。頼むから、俺のことはほっといてくれ!」 「しかし言質は取ったぞ、継生さん」 「は?」 「さっき、梢ちゃんに言っていたじゃないか。いつか必ず秘密を打ち明けると」 「……」 「あれって、つまり愛を告白するってことでしょ?」 「あれは……」 継生は絶句した。 あのド恥ずかしい言葉を、二人が聞き逃すはずもなかった。 「しかも、俺を待ってほしいとまで言ってましたよね」 「うう……」 「あそこまで言っておいて逃げるなんて、男じゃないですよ!」 相原の追及が更に厳しくなりかけたとき、梢が戻ってきた。しかし、手には何も持っていない。 暗い玄関に、いつまでも固まっている三人を見て、彼女は呆れたような顔をした。 「いつまで、ここにいるつもりなの」 「いや、もう戻ろうと思ってたところだ」 「湿布貼ってあげるから、あっちに来てよ」 と、梢は居間の方を指差した。 「あ、ああ」 曖昧に返しながら、悲しいかな落ち着かない継生が横目で窺うと、相原と菊名は春のそよ風のような笑顔を浮かべていた。 今となっては全く信用のできない笑顔である。 「僕ら、ちゃんと原稿やってますから。安心して、ごゆっくりどうぞ」 含みのある言い方をすると、相原は軽い足取りで仕事部屋へと戻っていった。菊名もその後に続こうとしたが、ふと継生を振り返った。 「健闘を祈る」 「……」 何も言えないでいる継生に、菊名は力強く親指を立てた。そして、くるりと踵を返し去って行った。 「今の、どういう意味?」 首を傾げる梢の横で、継生はただ、 「さあ……」 と、引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。 居間まで来ると、継生はソファーに座らされた。目の前のテーブルには薬箱が置いてあり、梢はその中から、湿布薬とテープを取り出した。 些か大げさな治療のように、継生には思えた。 「別にそこまでしなくてもいいんじゃないの」 「継生ちゃん、さっき額をぶつけたでしょ」 梢の手が継生の前髪をかき上げる。額に触れた彼女の指先は冷たかった。 「すごい赤くなってるもん。きっと後で青くなると思うよ」 「あ、そう」 そっけない返事になったのは、動揺を気取られたくなかったからだ。 先ほどから心臓は早鐘のように鳴っている。声を出せば、震えてしまいそうだった。 誰かの素振り一つに、こうまで己の感情が振り回されるとは。 相手が梢でさえなかったら、と思う。 それならば、こんな風に悩むのも悪くないだろう。 何故なら、彼には、今まで誰かに想いを寄せるという経験が、ほとんどなかった。 幼い頃の淡い初恋くらいならあっても、それ以降となると、まるで心当たりがない。これまで付き合ってきた女性たちにも、そんな気持ちは、ついぞ湧いてこなかった。 性格的に何か欠陥があるのかと考えたこともあったが、おそらく縁が薄いだけだろうと、最近は結論付けていた。 夢見る少女ではないが、いつかは自分にもそんな相手が出来るのだろうか、と諦観にも似た心境でいたのである。 でも、梢は駄目だ。 継生は自分に言い聞かせるように、胸の内で呟いた。 心の間隙をつくように、口説き落とせばいい、という相原の言葉が過ぎったが、彼はそれを必死で頭から追い払った。 駄目と言ったら、駄目なんだ! これまで築いてきた彼女との絆をぶち壊すようなことだけは、避けなければならなかった。 梢にとって、継生は今となっては唯一の家族かもしれないが、それは彼にしても同じことだ。 実家の人間なんて……。 「ねえ、髪押さえといて」 という梢の声で、継生の取り留めのない思考は終わった。 「わかった」 言われた通りに前髪を手で上げると、梢は継生の額に貼った湿布をテープで止めていった。 ふと目が合った。 彼女の目を縁取る睫毛が、化粧などしなくても、十分に長いのだということに、間近で見て、初めて気がついた。 十年以上、一緒に生活していても、お互いに知らないことは沢山ある。 継生はすぐに目を逸らした。 (知らないままで、いつかは別れる日が来るんだろうか) そんなこと、考えたくなかった。 32 夜明け前 何かが変だ。 梢は湿布を貼りながら、継生の様子を窺っていた。 彼は居間に来てからというもの、ずっと沈鬱そうな表情を浮かべている。はっきり言って似合わない。 近頃の継生は、普段の横柄さが鳴りを潜めていて、こういう言い方は変かもしれないが、何となくしおらしい。 梢に対して、気を遣うような素振りを見せたり、避けているような節もある。 (やっぱり、私に何か後ろめたいことでもあるのかしら) 先ほど、玄関で継生に言われたことを思い出した。 今は打ち明けられない秘密というのは一体何なのだろう、と梢は頭を捻った。 もしや、橋本渉出演のドラマを録画した梢のビデオに、下らないバラエティ番組を上書きしたことか。それとも取っておいたアイスを勝手に食べたことか。 しかし、そんなことなら、もう梢にはとうにばれている。 さっぱり分からなかった。 湿布を貼り終わっても、それに気が付かないのか、継生はまだ深刻そうな表情をして黙り込んでいる。 「もう終わったよ」 と声を掛けると、継生はようやく我に返ったように、梢を見上げた。 「あ、ありがとう」 ぎこちなく礼を言う彼の隣に、梢は腰を下ろした。 「継生ちゃん、さっきの秘密、教えてほしいな〜」 不意打ちを狙って、そう言うと、継生の目は、まるで猫のそれのように大きく見開かれた。 「いや、それは今は言えないって、さっき言っただろ」 「そんなに言いたくないことなんだ」 「……言ったら、とんでもないことになると思うぞ」 「とんでもないことって何よ」 梢は眉をひそめた。自分にばれると、何か面倒な秘密を隠しているというのか。 継生はしばらくの間、俯き、黙っていたが、やがて口を開いた。 「お前はいいよな。子供で」 「……どういう意味?」 梢の口調が険しくなったことを察知したのか、継生はぼそりと呟いた。 「別に馬鹿にしたわけじゃない」 「そうは聞こえなかったけどー」 変な時刻に起こされた腹いせに、ちょっと絡んでやろうかと、梢が冗談半分に肩をゆすると、継生は何故かますます項垂れてしまった。おまけに、はあ、とため息までついている。 「ねーねー、黙らないでよ」 梢は不思議に思いながらも、彼の肩に寄り掛かって、しつこく揺さぶった。継生は何も言わないで、されるがままになっている。 「おーい、私の話、聞いてる?」 「……」 「ねーってば」 「うるさい!」 突然声を荒げられて、梢はぽかんと口を開けた。唖然としたまま、何を言うべきかと頭を働かせた。 ここは私が謝るべきなのか? いやしかし、それは何となく納得がいかないぞ。 梢が戸惑っていると、継生はすっと立ち上がった。そのまま部屋を出て行こうとするので、思わず梢は声を上げていた。 「ごめんなさい」 継生は戸の辺りで立ち止まった。梢はその背中に向けて続けた。 「何が悪かったのか分からないけど」 「俺が悪かったんだ」 と、彼は振り返った。ひどく疲れたような顔をしていた。 「お前は謝る必要はない」 そう言うと、再び背を向けて、今度こそ部屋を出て行った。 「何なんだ……」 明らかに継生は変だ。いつもと違う。距離を置かれているような気がする。 梢はテレビを点けると、ソファーにごろりと横になった。なんだかんだで、もう六時になっていた。障子の向こうも白んでいる。今日は学校も仕事も休みだから、もう少し、ここで居眠りしても構わないだろう。 クッションに頭を乗せると、煙草の匂いが微かに鼻を掠めた。決して不快ではない。でも、どこか切なくさせる匂いだった。 そんなこと、今まで感じたことが無かったのに。 ← → novel |