TROUBLEMAKER 23 - 24




23 元気出して、梢ちゃん

「……梢ちゃんは?」
 食卓に戻るなり、菊名がそう尋ねてくる。梢が戻ってこないのを咎めるような彼の口ぶりに、継生は微かに眉根を寄せた。
「食欲無いんだと」
「先生、また梢ちゃんのこと、いじめたんでしょー」
「またって何だよ。どっちかっつうと、いじめられてるのは俺の方……」
 己の発言の情けなさに途中で気が付いて、継生の語尾は小さくなった。
「そうじゃなくて!送られてきた歌詞があんまり酷いから、落ち込んじまったんだよ」
「落ち込むような歌詞って、どんな歌詞ですか?」
 引きつったような笑いを浮かべる淵野辺に、相原は言った。
「あれじゃない?おらこんな村いやだ〜、みたいなさ……」
「アホか」
 呆れた継生が一蹴すると、相原はムッとした顔になった。
「じゃあ、どんなんですか。あ、わかった!鼻から牛乳ー!とかそういう」
「そんなわけねぇだろ!つか、選曲が古いし……」
「先生が勿体ぶるからじゃないですか。さっさとその歌詞を見せてくださいよー」
「梢が部屋に持ってった」
「えーっ、なによぉ〜」
 と相原は失望を露に体をくねらせた。菊名がずずーと湯呑の茶を啜り、継生を見る。
「歌のタイトルはなんというんだ?」
「スターライトに恋して」
 継生が言うと、一秒の間もなく誰かが「ぷっ!」と吹き出した。誰だと見やると、気まずそうに肩をすくめる淵野辺と目が合った。
「そりゃ笑うよな。スターライトに恋して、なんてよ。淵野辺、お前の反応は正常だ」
「は、はあ……」
「そんなに変なタイトルかなぁ」
 淵野辺の横から、相原が口を挟んだ。
「スターライトに恋してって、結構いい感じじゃないですか」
「……どこが?」
 継生はせせら笑ったが、菊名が「いや、いいタイトルだ」と相原に同調した。
「ファンタジックな響きの中に、恋をする少女の恥らいが仄見える」
「意味わかんねぇ」
「はぁ〜あぁ!」
 菊名は大げさなため息をついた。
「継生さん、あなたには繊細な乙女心というものがないのか」 
「……俺にそれがあったら、気持ちが悪いと思わないか?」
「いいすねー、繊細な乙女心を持った男って。これからの世の中、そんな人間が必要とされてるんじゃないですか?」
 舌先三寸で適当なことを言う相原を継生は睨んだが、彼はこちらを見やしない。完全に菊名をけしかけようとしている。継生は焦った。一旦話し出すと、菊名はしつこいのだ。
「大体さァ、男らしく女らしくなんて概念は、古臭いと思うな」
「その通りだ、相原。俺たちは男や女である前に、一個の人間なわけで、どんな性質によっても人間としての価値が左右されてはいけないはずで、これすなわち俺がドレスを身に着けようが、ハイヒールを履こうが自由といっても過言でも」
「素晴らしいご高説、どうもありがとう」
 継生は菊名の講釈を無理やり遮った。このままおとなしく聞いていたら、日付を跨ぐ可能性がある。
「こんな無駄話をしている暇はないんだ。さっさと仕事に戻るぞ」
「む……、確かにそうだな」
 と、菊名は頷いた。こと仕事に関しては、彼は真面目で非常に聞き分けが良かった。
 食べ終わった皿を片付け始める二人を見て、相原は口を尖らせた。
「つまんないのー」
「相原さん、そのお浸し貰ってもいいですか?」
「うん、いいけど」 
「お前ら、早く食えよ」
 継生が年少二人を急かしたとき、ガラリと部屋の戸が開いた。継生は口の端を小さく上げた。
「なに、もう元気になったの?」
 戸を開けたのは梢で、彼女は悄然とした様子で部屋に入ってくると椅子に座ったが、その途端に目を吊り上げた。
「あっ、私のコロッケがない!」   
「俺がもらったけど」
 そう継生が答えると、梢は非難めいた声を上げた。
「え〜っ、なんでよ!?」
「だって、くれるって言ったじゃん!」
「そりゃ言ったけど……普通は取っておいてくれるもんじゃないのかなぁ」
「普通って、なに。普通って」
 継生は梢の前の空の皿を取り上げた。
「にしても、食欲回復するの早いよな」
「だって、いつまでも落ち込んでても仕方ないもん……」
 そう言いつつも、梢はテーブルの上に頬杖をついて、ため息を漏らした。しかし、そんなナーバスな空気など一切関知しない男が、ここにはいる。
「ねーねー梢ちゃん、歌詞見せてよ」
 相原だ。
「そのスターダストレビューっていう……」 
「わざと間違えてるよな、お前」
「そんな、とんでもない!」
 相原はぶんぶんと首を横に振ったが、この男は平気で嘘がつけることを継生は知っている。
 梢は再び深いため息をついた。
「相原さんには悪いけど、見せたくない……」
「なんでー。僕、笑ったりしないよ」
「なんと言われようと、絶対にイヤ!!」
 断固とした口調で言うと、梢は立ち上がった。相原は彼女を見上げて首を傾げた。
「なるほどぉ、よっぽど変な歌詞なんだなぁ」
「相原、サビだけ教えてやろうか」
 と、継生が口にするやいなや、梢は彼をものすごい目で睨んだ。
「そんなことしたら、継生ちゃんと一生口利かないからねっ!!」」
「……」
 梢の子供じみた脅しに継生は本当に動揺してしまい、思わず口を噤んだ。
 いつからこれほど俺は立場が弱くなったのかと自問自答するも、答えを得られる気はしなかった。
「私、洗うわよ」
 憮然としている継生の手から皿を抜き取ると、梢は盆の上にまとめて、隣の台所へ向かった。流しで蛇口を捻る彼女の後姿を、継生は硝子戸に寄りかかり眺めた。
「原稿、まだ終わってないんでしょ」
「うん」
「仕事してよ」
「ああ」
「新しい担当さん、困らせないように、ねぇ……」
「……」
「いつまで、そこに立ってるの?」
 苦笑いしながら、梢は継生を振り返った。彼女の持ったスポンジから小さな泡が飛ぶ。
 いつまでと聞かれたが、継生には答えようがなかった。特に理由も無く、許されるものならば、いつまでも……という気分になっていた。
「梢のことを見守ってあげてるんだよ」
 そう言うと、梢はふいと彼から顔を背けた。
「鬱陶しいの」
 嫌がる素振りを見せながらも、梢の声は笑っている。継生は完全にこの場から離れがたくなり、洗い物をする彼女の傍に行こうとした。が、
「先生、仕事をしてください」
 いつの間にか相原が背後に立っていて、継生のシャツの襟を掴んでいた。彼は手加減を知らない男である。ぐいぐいと襟に首を締め付けられて、息が止まりそうになる。継生は後ろに手を伸ばし、相原を突き放した。
「よせよっ!!」
「こうでもしなきゃ、梢ちゃんから離れないじゃないですかー」
 相原は悪気の欠片もないといった顔で、けらけらと笑っている。全く性質が悪い。
「お前に言われなくても、もう行こうと思ってた」
「本当ですかねー」
 疑いの言葉を口にする相原を、継生は出来うる限りの険しい目で睨みつけたが、効果はなく、彼はすたこらさっさと逃げていった。
 継生にだって、油を売っている暇がないことくらいは分かっている。
「梢」
「なに?」
「あの歌、菊名と相原は結構いい歌詞だって言ってたぞ」
「うっそぉ」
「嘘じゃねーよ」
「慰めてくれてるんだ、もしかして」
 自嘲気味に言う梢に、継生は一瞬言葉に詰まったが、取り繕うことはやめた。彼女は偽ることを嫌う。
「もしかしなくても、慰めてんだよ。あんまり長いこと落ち込まれちゃ、迷惑だからな」
「……」
「あいつらみたいな奴だっているんだから、案外ウケるかもしれないぜ」
「そういうの希望的観測って言うんじゃない」
「難しい言葉知ってるんだな」
「まあね」
 と呟いた梢は、それきり何も喋らなかった。会話は終わりだと、彼女の背中が言っていた。


24 華麗なる林間の梅ヶ丘

 よく晴れた八月の中旬。
 相模原の運転する車はとある避暑地の林道を走っていた。作曲家、梅ヶ丘涼の自宅へと続く道である。
「あ、これ結構美味しいかもー」
「本当?あとで僕にもください」
 後部座席には梢と神奈川が座っていて、彼らは道中のコンビニで買った菓子など食べつつ、窓外の景色を見てはあれやこれやと談笑しているのだが、相模原はといえば、とてもじゃないがそんな気楽な気分ではいられなかった。
(どうして、この人たちは平気なんだ)
 今から会おうとしているのは、あの!梅ヶ丘涼なのだ。泣く子も黙ると恐れられ、芸能界において多大な権力を持ちながらも、メディアへの露出は何十年となく、その素顔はベールに包まれている巨匠。
 業界にて飯を食べている相模原ではあったが、まさか彼と顔を合わせる日が来るとは思いもしなかった。正直、会うのが恐ろしい。
「もう一本先の道を右に行ってください」
 不意に神奈川が言った。段々と目的地が近づいてくる気配がする。ハンドルを切りながら、相模原は尋ねた。
「社長、あとどれくらいですか」
「もう着きました」
「え」
 と、相模原が気が付いたときには、車は既に、朽ちかけた木製の門を通り過ぎていて、どうやら敷地内に入ったようだった。
「すごいボロ……」
 梢が窓の外を目で追いかけて呟いた。
 鬱蒼とした林道を走っていくと、木々の隙間に赤い屋根がちらちらと見え出した。
「あっ、あの家ですか?」
 声を上げる梢に、神奈川は頷いた。
「そう。あの屋敷に梅ヶ丘さんはお手伝いさんと二人で住んでいるんだ」
「……」
 まるで本の中の登場人物のようだと、相模原は思った。
 屋敷から二十メートル程手前に駐車場らしきスペースがあったので、彼はそこに車を止めた。外へ出ると、都会の暑さが嘘のような涼しさである。肌を撫でていく風が気持ちいいなど、街中ではあり得ない。
「あーあ、疲れた」
 外へ出た梢は大きく伸びをしている。相模原も首を左右に捻っていると、少し離れた林の中に乗り捨てられたような古びた車を見つけた。
「こんなところに車を捨てる奴がいるんだな……」
 呟く相模原に、神奈川が平然と返した。
「あれ、梅ヶ丘さんのベンツですよ」
「……どうして、あんなところに?」
「もう飽きたんでしょう。あの人は物に執着しませんから」
 よく見ると、そこここの林の中に幾台もの車が点在している。
 相模原と梢は思わず顔を見合わせた。金持ちの考えることは理解できない。 
「さあ、行きましょう」
 神奈川に促されて、二人は屋敷に向かって歩き出した。

 思わず扉の前で見上げてしまうほどの威容を、その屋敷は誇っていた。周囲の白樺の木を、あたかも従えているかのように、地面に根を下ろしている。
 特に作りが立派というわけではなく、近隣に立つ別荘と同じようなタイプの建物なのだが、所々剥げ落ちた外壁や、ガムテープ(!)で修繕した窓が、どこか奇怪な雰囲気を醸し出していて、相模原はますます怖気づいた。おまけに屋根にはカラスまでとまっている。
「こりゃ怪奇小説の世界だ……」
 ひっそりと梢が囁いた。相模原も「そ、それだ!」と相槌を打ったが、そんな彼らを神奈川は笑い飛ばした。
「何を怖がってるんですか、二人とも。梅ヶ丘先生は、至ってまともな人ですよ」
「まともでも、ずぼらみたいですけど」
 と、梢は眉をひそめて、ガムテープの貼られた窓を指差した。
「まあまあ。とにかく、中に入れてもらいましょう」
 神奈川は、扉についたライオンの顔をしたドアノッカーを叩いた。それは青く錆が滲んでいる。 
 しばらくすると、蝶番の軋む音をさせて扉がゆっくりと開いた。一体どんな人物が顔を覗かせるのかと相模原は身構えたが、現れたのは果たして、その期待を裏切らないような銀髪の老婆だった。教会のシスターを思わせる長い黒衣を身にまとい、ぎょろりと大きな目で相模原を睨みつけた。……ように思えた。
 思わず梢の方へ身を寄せると、彼女は訝しげに肩を逸らした。
 神奈川は老婆に向けて、にこやかに笑いかけた。
「やあ、しばらくですね。トメさん」
「これはこれは、神奈川のお坊ちゃん。ようおいでくださった」
 老婆の口から出てきたのは、今にも囲炉裏端で民話でも語りだしそうな、しわがれ声だった。
 相模原と梢を神奈川は振り返り、老婆を紹介した。
「この方は、こちらで長年働かれている世田谷トメさん。トメさん、彼らが先日話した町田梢さんと、彼女のマネージャーの相模原祐介くんだよ」
 神奈川の言葉を聞いた途端、トメは相好を崩した。 
「はーぁ、こりゃめんこい娘さんと、えーらい男前だごとぉ」
「は、はあ、どうも……」
「はじめまして」
 二人は照れながら、頭を下げた。
「さぁさ、お入りなさい。長いごと車に乗ってて、疲れたべぇ?」
 トメは一体どこの出身なのだろうか。
 それはともかく、中へ招き入れられた三人は、トメに先導されて応接間へと向かった。
 屋敷の廊下には緋色の絨毯が敷き詰められていて、さながらホテルのような雰囲気である。もちろん靴は脱いでいない。
「叔父さんは、もう起きてるの?」
「えぇ、えぇ、起きとりますよ。坊ちゃんが来るのを楽しみになさってて」
「そうですか」
 先を行くトメと神奈川から少し離れて、相模原と梢はぼそぼそと囁きあった。
「神奈川さんと梅ヶ丘さんって、どういう関係なんですか?」
「いや……俺も知らないんだ」
「なんか、随分と親しそうですよね」
「うん。坊ちゃんなんて呼ばれてたし」
 応接間は屋敷の中の一番奥まった場所にあった。トメが豪奢な細工の施された両開きの扉を開けると、いきなり相模原の視界に飛び込んできたものがある。
 鹿の生首だ。いや、正確には壁に掛けられたトナカイの剥製だった。
「うわ、初めて見た!」
 と大きな声を上げたのは梢で、彼女はすぐに慌てた様子で自らの口を手で押さえた。しかし、たまげたのは相模原も同じだった。
 よく見れば、室内には鈍色をした甲冑は飾られているわ、暖炉はあるわ、ロッキングチェアーはあるわと、絵に描いたような西洋的応接間がそこには存在していた。
 さて、そのロッキングチェアーには一人の人間が座っていた。
 その人物は光沢のある白いガウンを羽織っていて、一目見ただけでは男なのか女なのか判然としなかった。きついウェーブがかかった長髪は黄色く染められていて、顔には濃い化粧が施されている。女のようにも思えるが、それにしては体の線が逞しい。
 ちらちらと相模原が窺っていると、神奈川はその人に声をかけた。
「やあどうも、梅ヶ丘先生」
「いっ!?」
 相模原は耳を疑った。まさか、そんな。この目の前にいるやたらに派手な性別不詳の人物が梅ヶ丘涼だなんて。
「遅かったわね」
(なんだとっ!?)
 梅ヶ丘の真っ赤な唇から出てきた言葉は女のものだった。が、声は男のもので、しかも野太いといってもいいくらいである。ということは、つまり……。
「そちらのカワイコちゃんが、新人さんかしら?」
「ええ、そうです」
「ちょっと失礼」
 梅ヶ丘はロッキングチェアーから立ち上がると、梢の傍へと歩み寄った。彼女の隣にいた相模原は顔をしかめた。近くに来ると分かったが、梅ヶ丘は香水を大盤振る舞いしている。
 若干強張った顔をしつつ、梢は頭を下げた。
「は、はじめまして。私、町田梢と」
「喋らないで」
 梢の挨拶を退けた梅ヶ丘は息がかかるほどの距離まで近づいて、梢の顔を見つめた。彼女が仰け反ろうとすると、彼は腕を掴んでそれを止めた。
 一体何の意味があるのか、今にも唇が触れそうなその体勢に、相模原はハラハラとして、思わず口を開いた。
「あ、あの……」
「ボーイは黙ってなさい!」
「……ボーイ」
 って俺のことかと、相模原が神奈川に視線を送ると、彼は人差し指を口に当てて苦笑いしている。
 だいぶ長い間、梅ヶ丘は梢の顔を凝視していたが、やにわに、
「見つけたわっ!!!」
 と絶叫した。それと同時に窓の外を、ぴかりと閃光が走った。ゴロゴロゴロという雷の音が後に続く。いつの間にか空はどんよりとした灰色に変わっていた。
 梅ヶ丘は呆然としている梢を解放し、窓辺へと駆け寄った。梢はこれ幸いとばかりに、相模原の背中の陰に身を寄せた。バッグから取り出したハンカチでこそこそと顔を拭いている。
「叔父さん、彼女はどうですか?」
 そう尋ねる神奈川を振り返った梅ヶ丘の顔は、まさに鬼気迫るという形容がぴったりだった。濃紺のアイライナーと銀色のマスカラで縁取られた眼は、ただでさえ怖いのに、血走っているし、見開いているし、乱れた黄色の髪が一筋顔に落ちかかっているのも、異常な印象を演出していた。
 神奈川の問いかけに答えることなく、梅ヶ丘は梢を指差して叫んだ。
「あなた、バージンねっ!!」 
「うっ」
 梢は口に手を当てて絶句した。
(なんてぇ質問をするんだ、この人は……)
 相模原は梢が可哀想に思えたが、梅ヶ丘はまだ喋るのをやめない。
「おまけに、まだキスもしたことがない!」
「……」
「その上、ボーイフレンドもいたことがない!!」
「そ、その通りです……」
 とうとう梢は消え入りそうな声で肯定した。
「でも、どうして分かるんですか?」
「それは愚問よ、カワイコちゃん。あたしはウン十年と若いコたちと仕事をしてきたの。雰囲気や眼差しでそれくらいはわかるわ」
 梅ヶ丘はちっちっと人差し指を振ると、やおら両肩を回し始めた。
「さあ、これから忙しくなるわねっ。リョウ様、張り切っちゃうんだから!」
「ということは、梢さんは合格……」
 話しかける神奈川を、梅ヶ丘は笑い飛ばした。
「当たり前田のクラッカーよぉ!カワイコちゃんにぴったりの曲を作ってみせるわ!」
「でも歌詞は、あれでいいんですか?」
「まあ、いいんじゃない。あれくらいベタな方が、かえってインパクトはあるわよ。それにしても豪徳寺ちゃんも最近落ち目よねぇ……」
 豪徳寺というのは、スターライトに恋しての作詞者である。   
「若い女に骨抜きにされてるって本当なのかしら。あの人も奥さんと別れてから、どんどん悪い方へ転がっていくばかりだもの……。あら、あたしったら人の噂話なんてしてる場合じゃないわね。それじゃ、今からスタジオでパパーッと、カワイコちゃんの歌を聞かせてもらおうかしら」
 べらべらべらとひとしきり喋ると、梅ヶ丘は(有無を言わせぬ調子で)梢を部屋の外へ連れて行ってしまった。黒衣のトメさんも一緒に。
 あとには、相模原と神奈川だけが残された。
「……」
 相模原が無言で神奈川を見つめると、彼は近くにあったソファーに腰を下ろした。テーブルの上にのった灰皿を引き寄せて、相模原に向けて顎をしゃくる。
「煙草でも吸いますか?」
「いえ……俺、やめたんで……」
「ああ、そう。実は僕も吸わないんですよ」
 と笑って、神奈川はスーツのポケットから缶入りのドロップを取り出した。
(なんか妙な音がしてると思ったら)
 ここへ来るまでの道中、ガシャガシャという音がやけに耳に付いていたのだが、正体見たり枯れ尾花というわけである。
 相模原もミントタブレットを出して、幾粒か口に放り込んだ。
「驚いたんじゃないですか?梅ヶ丘涼がまさかあんな人だとは」
「そりゃ、まあ。というか、それよりも社長と梅ヶ丘先生は、どういうご関係なんですか?」
「彼は僕の叔父です。母の弟なんですよ」
「……」
 そんな話は全くの初耳で、相模原は唖然とした。要するに、梅ヶ丘涼は前社長の義弟ということではないか。
(どうして、社長は話してくれなかったんだろう)
 解せなかった。芸能事務所を営んでいるのに、なぜ同じ世界で生きる梅ヶ丘の話が一度も出なかったのか。
「不思議そうな顔をしてますね」
 相模原の疑問を読み取ったように、神奈川が言った。
「うちの母と叔父はずっと絶縁状態でしてね」
「……そうでしたか」
「叔父も昔はありふれた男だったらしいんです。でも、あるとき突然、本当の自分というものをカミングアウトして……それが母は気に入らなかったんだな。もう何十年も付き合いがない」
「なるほど……」
 中々複雑なお家事情を聞かされて、相模原は何と言ったものかと、目を泳がせた。
「それでも、母に隠れて叔父は父とは連絡を取っていたんですよ。父は僕を連れて、よくここに避暑に来たもんです」
「あの」
 と、相模原は梢が連れて行かれた廊下を見やった。梢の歌を未だに聞いたことがない相模原としては、いささか心配だった。
「梢さん、大丈夫でしょうか」
「え?ああ、心配はいりませんよ」
 なにを勘違いしたのか、神奈川は言ったものだ。
「叔父は、男にしか興味ありませんから!」



 

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